初めてお会いした人から「なぜ、畜産の道に進まれたのですか?」と、聞かれる事が度々あります。その事について自己紹介を兼ねて書きます。
いくつか理由はありますが、育った環境が大きいですね。
私の家は乳牛を飼っていました。小さい時は少しは手伝いもしてましたが中学・高校と部活が忙しくなるうちにほとんど手伝いもしなくなりました。牛は嫌いでもなかったけど、好きでもなかったですね。ただ、牛のおかげで生活してるとは思っていました。
しかし、両親に「跡を継げ」と言われたことは一度もなかったです。言われていたら、今、絶対牛飼いしてないです。(笑)
ただ、よく言われた事は「サラリーマンにはなるなよ。」「公務員になるなよ。」「人に雇われてなくてよかった。」です。そして、スーパーの経営(5店舗)をしてるおじさんや、工場(3工場)の経営をしてるおじさんが身近にいたのもいつか経営者になると決めた一因です。

次は進学先です。やりたい事ないまま普通科の高校にいき、なりたい職業もなかったので大学進学しようと思いましたが、目的もないので勉強も真剣にはしませんでした。
大学受験の時、母に「帯広畜産大学受験してみないか?」と言われ、センター試験の点数が足らなかったけれど、旅行気分で初めての北海道に行きました。そこで見たのは真っ白な広い大地。北海道に魅了されました。
受験は帯広畜産大学はもちろん、本命にも失敗しました。翌年、(北海道の国公立と言う条件と試験科目の関係で)釧路公立大学経済学部経済学科に入学しました。
大学ではカヌー同好会に入り、カヌーと麻雀と競馬に頑張り、たまに行った大学で学んだ事は
『経営に必要な事は強みを持つ事と国際感覚』でした。経営は競争で、お客様に同業者の中から選ばれる事。日本で日本人相手に商売していても、競争相手は日本人だけじゃない事、強みとは世界一の強みである事などをぼんやりと感じました。

最後に就職を考えた時、最初はサラリーマンでも「いつかは経営者に」「その会社を鳥取で展開」が出来る会社は?人口の少ない鳥取で出来ることは何か?などと考えると行き詰まり、好きだった競馬の生産牧場に勤めても牧場主には成るのは難しいなぁ。と思ってました。
冬休みに親の青色申告を手伝っている時に、牛飼いも小さい会社かな?親の人脈を使えるかな?競馬にも牛にも血統もがあるな!馬は高いけど、牛なら買えるかな?自分と姉2人を県外の大学に通わせてくれたし、それなりに生活出来るのかな?と思い牛飼いになることを決めました。

家にはその時、乳牛も和牛もいましたが、和牛は霜降りの多い肉を作れば単価は高い。外国の肉よりも高いし美味しい。それに比べ、乳牛はカナダやアメリカから200万300万する乳牛が輸入されたと新聞に出ていたことから、「乳牛はカナダやアメリカの方が上なんだ」(あくまで当時の私個人の感想です。)と思ったので、和牛の世界に行くことにしました。